長く続くASモナコの低迷
選手だけでなく監督も優秀で好調だったASモナコ。
しかし1990年代の末頃になると、
ASモナコは巨額の負債に悩まされることになります。
2003−2004シーズン前には2部リーグに降格されるなど、
なんとか降格措置は逃れたものの、苦しい経営状況となってしまいました。
このシーズンはUEFAチャンピオンズリーグ決勝まで進出するものの、
準優勝で終わります。
シーズン終了後はリュドヴィク・ジュリを中心に主力選手が移籍し、
チームパフォーマンスは少しずつ低下していきます。
次のシーズンではチャンピオンズリーグ本戦出場権でも苦杯をなめ、
デシャン監督はシーズン中に辞任となります。
後にフランチェスコ・グイドリンが就任するものの、
結果が出せないままわずか8ヶ月で辞任となります。
次のシーズンからはラースロー・ベレニが就いても、
わずか5ヶ月で解任となってしまいます。
ローラン・バニデが指揮を執り始め、
一時期は最下位にまで落ちていたASモナコを9位にまで上げます。